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  • 2018.04.10 Tuesday

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    久しぶりに自分の話...

    • 2018.04.10 Tuesday
    • 23:01

     大学時代だとか、高校時代だとかって言う話じゃなく、なんかぐじゃぐじゃしてる自分の今、というかを書こうと思っている。

     主に演劇に対してのことになる。というか演劇に対しての今の自分の想いみたいなもの?なのかな。

     演劇をやめて3年から4年程度経っただろう。未練はない。というと嘘になるのかどうなのか。ただ、もう自分が役者として本腰入れて舞台をやりたいとは思っていない。でも、あと1回くらいは自分が面白いと思ったら台本で舞台に立ちたいというのはある。もうプロというものは目指す気は本当に全くない。でも、演劇やりたいと思うことはある。

     多分、不完全燃焼で終わっているというのが大きい。それと、プロになりたかったけど、チャレンジすらせずならなかった(なれたかどうかはわからないが)というところに対するちょっとした後悔みたいなものはあるんだろうと思う。それくらい、舞台に対して人生をかけていたし、演劇に対してだけは真面目でいたかった。すごく真面目だった。他のことは正直どうでもいいくらいだったわけだ。大学時代も高校時代も。

     演劇をしてきて後悔はない、今の自分の考え方とか、人間形成の部分で演劇に影響を受けた部分は多い。そしてそれは、自分にとって誇れるものだと思っている。自分を語る上で演劇は欠かす事が出来ない。演劇だけは欠かせない。

     情熱を持って舞台に望んでいた私が今、手に職つけるために就職活動をしている。どうしても演劇に関連してエントリーシートなどを書いてしまっている。それくらい私の中で大きなものが演劇なんだと改めて確認した。自分の中で、これから何をしたいのかと考えると、演劇をやる人をサポートしたいという気持ちが大きい。それもアマチュアだったり、学生だったりというところだ。プロはいい、別に何も伝えるべきことはない。だがアマチュアは必要な知識や技術を手に入れる事が難しい。やりたくても何から始めればいいのかわからないのが芸術活動だ。演劇もそうだ、そういう人たちに、ガイドラインが作れたらとか思っている。

     でもそれをやるのは、実はすごく難しい。今の私にはお金がない。だから簡単に起業はできない、寄付を募ろうにも演劇の必要性が認められなければ無理だ。

     やりたい事を持ちたくないと大学を辞め、フリーターも辞めてから思っていたが、どうしてもやりたい事が必要とされる。正直なんでもいいから金稼がせろや的な考えも私の中にはある。でも、やりたいことと言われると、今の大学で勉強してきて考えて渦巻いているものもある。この辺の葛藤というか、矛盾というか、どう整合性をつければいいのか、難しいところだ。

     

     だいぶダラダラ書いてしまった。

    文系とか理系とか...

    • 2018.04.08 Sunday
    • 23:58

     私は文理選択をしたのは高校一年の秋だったか。数学が好きだった、というか得意な方だったということもあり、文系に行くと合わなそうな奴が多そうということもあり、行きたい大学は演劇系の学部があるところだったにもかかわらず理系を選んだことを覚えている。

      さて、文系と理系というこの分野選択の大きな違いとはなんだろうか。よく言われるのは理系は論理的な思考で考えるだとか、文系は情緒的に考えるだとか、主に頭の使い方の差の様な事が言われるが、本当にそうなのだろうか?

     大学に行けば必ず論文だったりレポートだったりを書かなければならない。論文を書くためには、ある程度理論的に考え、一つ一つの事象に対して理由をつけてそこから自分の考えであったりだとか、そういう事が考えられるのかというところを書いて行く。もし理系が論理的な思考しかできないのであれば、文系の人はレポートとか論文が書けないということになる(過大解釈だが...)でももし文理の区分がそうだとすれば、行きて行く上で必要な考えるということができるのは理系だけということになる。

    だが、実際はそうではないはずだ。では、文理の明確な基準てなんなのだろうか。私は好きな分野を選択するという事だと思う。もしくは自分のなりたい職などで必要なところを選ぶという事だと思う。例えば歴史が好きでそのまま勉強したければ文系だし、建築系に行きたいとか、数学者になりたいとかなら理系だし、人の頭の使い方というところは全く関係がない。というか関係しないべきだと思う。必要な、考えて結論を出すということは誰でも持つべき能力だからだ。

     だから、文系とか理系とか実はそんなに重要じゃないはずなのである。


     久しぶりすぎる更新だ。ブログは怠惰だが、割と最近忙しい。でも、何か書きたいという気持ちになったので、今日は更新した。

    就活中

    • 2018.03.27 Tuesday
    • 00:04

     本当に久しぶりの更新である。3月頭から就活を初めて、そっちに集中しきっている。

     現段階では、企業個別の説明会を聞きに行ったり、合同説明会に行ったりして、どんな企業があるのかを調べている時期である。

     いくつかの説明会に参加してきたが、どの企業のお話も本当に面白い。興味が湧いてくる。まあ、自分の興味のある分野しか聞きに行っていないからというのもあるだろう。でも、色々な刺激がもらえて、とても充実している。こんなに就活が楽しいとは思わなかった。

     これから、選考になれば、こんな気持ちではいられなくなるかもしれないが...

     今はとりあえずとても楽しい。いい日が続いている

    高校演劇 春の全国大会

    • 2018.03.18 Sunday
    • 21:26

     今日、高校演劇の春の全国大会を観に行った。一昨日から三日間行われた大会であったが、前二日間は用があり行けなかった。

     今日は4本中3本を観劇。2本はいじめの話だった。もう一本はほっこりするような兄弟の話。

     高校の時から通算して、全国大会を観に行ったのは初めてだった。映像では何個か見たことはあったのだが生観劇は初めて。そのレベルの高さに、私は圧倒された。大学演劇やプロの演劇を観るよりも実は高校演劇が一番面白いんじゃないかとさえ思うほどだ。

     高校演劇の大会は1日に4から8公演ほどが行われる。それも一つの会場で。だから、全部見れば自分の好きだなあと思うものに出会える可能性が上がる。それに、既成台本もあるが、生徒創作や顧問創作など新作が多々観れる。中にはとにかく元気全開でパワー推しのやつとか、ギャグだけで持ってくやつとか、高校生が出てこないもの、出てくるもの、エグい内容を扱うもの、さまざまなものがある。作品は本当に学校によって全然違うのである。やはり高校によっての特色ももちろん出てくるが、それぞれが作り込まれているし、色々なものが観れるという面ではとても面白い。

     だが、高校演劇は何故だか舐められる傾向にある。観たこともない人にどうせ高校演劇なんてとか言われることはざらである。もちろんそう言った意見もあっていいと思うが、一度見ると多少は変わってくると思う。

     今日の春フェスという大会は、各ブロック大会で、全国大会に進めなかった学校が出場している大会であった。だが、これで全国に行けないのならば、その上はどれだけレベルが高いんだと思ってしまうようなクオリティで本当に感激してしまう。

     自分はブロック大会止まりで全国には行けなかった。悔しい思い出だ。

     

    高校演劇がもっと流行ればいいのにと強く思う。

    怠惰

    • 2018.03.11 Sunday
    • 01:09

     2日間ブログを更新していなかった。怠惰である。今日も小難しいことを書くというよりかは、ブログっぽい内容を書く。怠惰である(笑)。

     ここ数日間、ない頭を使ってどう就活をしていけばいいのかをずっと考えていた。会社の説明会に参加するにも、予約をとらなければいけないし、予約したら、強制力がある。自分のスケジュールをどう組めばいいのか。そして、会社というものに説明を聞きに行くということへの怖さ。人間恐怖症は治らない。まあ、バイトはし始めなくてよかったなと思う。予定が組みやすい。まずは、自分の恐怖心に勝つことが必要。なかなかにダサい。が、仕方ない。

     自分がどんな仕事をしたいのか。一番大事なそこが見えてこない。強いて言えば公務員だが、そこ一点張りは、少し怖い。だから企業も受ける。でも、自分のやりたいことってなんだとか、自分に向いているものってなんなのかとか、そういうところがわからない。どんな仕事でも面白ければいいくらいにしか思っていない。これは甘いのだろうか。

     こんなことをここ数日間考えている。無駄に頭がパンクしそうで...花粉症も辛いし、体痛いし頭痛はあるしで、集中力もない。

     さて、一年後私はどうなっているのか、少し楽しみである(笑)

    大丈夫だった

    • 2018.03.08 Thursday
    • 01:22

     昨日の続き?的な感じだが、今日、大学の学生課に問い合わせたところ卒業見込み証明書の発行条件は満たしているようだ。とりあえず、安心。私の卒業予定は18年9/30日。とりあえず、次のテストで単位をしっかりとれば卒業は決まるらしい。よかった。追加で受ける授業もしっかり単位を取りたいところである。

     まあ、ただスタートラインに立てるという状況になっただけであり、就職ができるかどうかはわからない。希望職種は特にないというのが私の現状だ。まあできれば、地域根付いて、地域の活性化を目指している企業に就職したい。もしくは、というか本命は公務員だ。

     不安はありまくりで、正直私の経歴でとってくれるところがあるのだろうか。中退、フリーター、ニート、という経歴は決して評価されるようなものではない。自分的には、負い目は感じていないが、世間から見ればアウトローとして見られるのは確実だろう。最終学歴が、放送大学というのも、見る人が見ればマイナスに取られる可能性もある。まあ、そういう人間に限って、通信制大学を馬鹿にするような連中だと思ってこっちから願い下げだと言いたくもなるが、そんなことを言っているとどこも雇ってくれない可能性がある。

     24歳で就職活動、不安がつきまとう。だが、まあいい意味で調子に乗って望みたいというか楽しみたいところである。

    不安

    • 2018.03.07 Wednesday
    • 00:57

     卒業見込みの条件がよくわからない。明日サポートセンター電話して聞くつもりでいる。もし、単位修得数が卒業単位数出てないと卒み出ないと言われたら、就活が詰む。情報解禁したばっかりなのに、ゲームオーバーになりうる。 

     まあ、実際、働きたくないという、クソみたいな考えもあるわけだが。これからのことを考えればしっかりと仕事をしていかなければ、生きてけないだろう。 

     今頃この盲点に気づくとは思わなかった。色々情報を集め始めて、そういえば、という話。

    去年から気にはなっていたんだが、まあ、一月で単位取りきるしいいかくらいの軽い気持ちだった。落としたから、もう、どうしようか。次の試験で単位が取れれば、10月卒業はできるんだが...

    夢というものに対する感覚の違い

    • 2018.03.06 Tuesday
    • 01:50

     就活情報が解禁になった。私も就職活動をする身なので出来るだけ情報を得なければならない。合同説明会とか、必要性を感じないが行った方が良いのだろう。

     さて、今日私の父親と話していて、気になったことを書く。夢というものに対する感覚の違いだ。

     今の若者は夢がないとよく言われる。本当にそうなのだろうかと私は思う。だが、中年世代の方々は夢がないと思っているらしい。そこに何か認識の違いというか差違があるように感じる。

     私は平成生まれで、いわゆるゆとり世代である。ゆとり世代の代表的な教育といえば、個性を伸ばす的なことだろうか。親からも先生からも、やりたいことにチャレンジすることや、自分のなりたいものになることが素晴らしいと教わる。そしてそれを夢として持たされ、それぞれの個性として育てる。それがゆとり教育のやり方だったように私は感じている。ここでいう夢というのは、将来の夢的なもので、自分の好きなものや好きなことを職にするということを夢として持つことになる。ということは、自分の好きなことが職になり、それだけで満たされる夢である。でもって、それで生活ができるため、夢としていた職につき、それを続けて結果を出すことが夢を叶えたということになるわけである。

     では、今の大人世代?私の父はもうすぐ還暦なのでそのくらいの人たちはどうだったのだろう。私の父が言うに、中にはやりたいこととか、好きなことで仕事を選ぶ人もいたが、大半は職はなんでもいいから、とにかく遊ぶこととか、自分にお金を使うために稼ぐという意識が高かったようである。だから、この世代が言う夢というのは、家を買うとか、いい車に乗りたいとか、いい時計をしたいとか、仕事面の充実というよりかは、生活面での充実を指しているように思える。それを実現するための仕事であり、金を稼げれば、仕事はなんでもよく、与えられた仕事をしっかりとこなす、という仕事はあくまでも生きるための糧という意識なのだろう。

     上にあげた二つを比較すると、たしかに上の世代から見れば今時の若者は夢がないと言われても仕方ないだろう。そもそも、夢という概念の捉え方が全く違っているからだ。ゆとり世代は自分のやりたいことが大事で、生活はそれなりでいい。それに、私の親世代の時とは違い、ある程度経済も安定して、追いつけ追い越せの社会ではなくなっているから、家も車ももはや生活の一部になっていて、特に夢にするほどのものではないと言える。

     

     さーて、どこかしら就職できればいいな(笑)

    遊び

    • 2018.03.04 Sunday
    • 23:19

     遊びというのは、発展して競技となれば、スポーツになる。eースポーツなどもその例だと思う。初めはゲームという遊びだったものが、対戦化して大きくなりルールが整備されて競技として認められ、スポーツとして昇華された。最近で言えば、スポーツ雪合戦だとか、スポーツ鬼ごっこだとか、小さい頃に誰でもやったことがあるような遊びが競技になってスポーツ化している。

     遊びというのは英語でpray。pray soccerはサッカーをするというのが一般的だが、サッカーをして遊ぶとも言える。元々は遊びだった。というか、競技をする=遊ぶというようにとれるわけだ。prayerというのは遊び人ともとれる。プロの選手は遊び人なのかということになるが、遊び心のある人ともとれるわけだ。私はこの遊び心という点が重要だと考えている。

     さてprayはいろんなものにくっつけて使われている。演劇は一般的にシアターとかドラマと言われるがプレイと言われることがある。役者もactorと言われることもあるがプレイヤーと言われることもある。そう、演劇も起源は神社だったと言われているが、現代的な演劇はごっこ遊びの延長とも言える。役者も遊び心というものは重要だということだろう。

     ただ、プレイヤーというものは、基本的に守りべきルールがある。それを守れないと、ただ遊んでいるだけで、プレイするということにはならない。ゲームだってそうだろう。

     限られた環境の中で遊ぶということ、新しく作るにしてもおそらくルールはできてくる。遊びというものは、遊び心をもって楽しめればいいんだろうなと思う

     

    j2

    • 2018.03.03 Saturday
    • 22:27

    昨日は書くのを忘れてしまっていた。最近やや、忙しいのか...ということもあり、やや怠惰気味である。


     先週から、jリーグが開幕して、今年は応援しているチームがj2に降格したこともあり、j2メインで試合を見ることになる。

     今日はホーム開幕戦だった。まあ、なんだ。あんまり悪く書きたくないが、j1の試合をずっと見て来たり、このところ海外サッカーとかほんの少しかじるようになったり、コパ・アメリカを見たりということもあってか、j2のレベルの低さに驚いた。そして、その相手に勝てないという苦しさ。久しぶりのj2でいろんな見たことのないチームとの対戦が観れると思って期待していたし、j2もかなりレベルが上がったという話を聞いていたので、楽しみだった。だが、なんだろう、面白くない。応援しているチームも面白くない。なんか、j2に降格したチームの集客が落ちるというのはこういうことなんだなと落胆した。

     内容のこととか書きたい気持ちもあるけど、まあそんな話より、とにかく落胆、疲れた。

     でも、次もちゃんと応援しに行く。クラブがどうなろうと、試合は見に行きたい、私は、週末のサッカーという魅力に取り憑かれている。だから落胆するのも一つの楽しみ方くらいに思う。

     だが、本当に疲れた

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