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    人気が出ると世俗的になるという風潮

    • 2018.02.18 Sunday
    • 00:50

     私は基本的に、ドラマや本などの話を楽しむ表現物はエグめのものが好きである。音楽は、ロック、特にパンクなやつ。もちろんjーポップも聞くしたジャンルも聴くが基本的にはパンクが好きである。

     まあ要するに万人ウケするような大衆向けのものよりも、どちらかといえば好みが分かれるものの方が好きなのである。

     ドラマや映画などでは、主役的キャラクターよりも少し癖のあるキャラクターをしている役者の方が好きである。というか、エグい芝居が出きてこそ人間を描けると思っている節があるため、私がいい役者だなと思う役者さんは基本的に人間の本性とか本能とかちょっとエグいところを表現してくれる人である。

     映像作品を見ていると、割と若手だったり名前が売れる前の俳優はそういった人の汚い部分を描いたりとか、ちょっと癖にある役柄をやったりしている人が多く思う。そこで私は、その後その役者がどう活躍していってくれるのかが楽しみになるのだが、現実はそううまくいかない。

     人気が出るということは、世間に受け入れられるということである。ということは、役者の芝居の入りがちょっと癖のあるものだったとしても、人気が出ると世間に受け入れられるために世俗的な一般化されたようなものをやらされることが多い様に思う。

     役者というのは発注された役を試行錯誤しながら表現するのが仕事だ。だから、求められたことをやらなければならない。多くの人が見ている時間帯にやるようなものは世俗的に、わかりやすく受け入れられやすいものになりやすい。人気が出てそこにあてられる場合はその世俗的なものを表現しなければならないということだ。

     CMなどはその典型例だろう。しょうもないことを、面白いと思っている役者がやらされているのを見るのは正直クソつまらない。

     音楽などもそうだろうと思う。初めは自分たちが売れるために曲を作り表現するが、人気が出れば、仕事を発注され発注されたものを作らなければならなくなる。お笑いをやっている人もそうだろう。初めは売れるためにネタを書くのに、人気が出て求められるのはネタではなく、コメントだ。

     仕事というふうになると求められたことをやるべきなのかもしれないが、表現者というのは自分のやりたいことをやるためにこだわりを持っているはずである。自分の表現が認められたいから活動をしているのに、受け入れられれば求められることは全く自分の思い描いていたものと違うものになる。

     このような状態は、表現者がメディアに利用されているだけという風に見える。そして、活動をしていてもメディア露出が減れば消えたと言われる。

     表現者はいつまでこの矛盾と戦い続けなければならないのだろうか...

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