スポンサーサイト

  • 2018.04.10 Tuesday

一定期間更新がないため広告を表示しています

  • 0
    • -
    • -
    • -

    ゆとりについて話したい

    • 2017.11.07 Tuesday
    • 02:11

    JUGEMテーマ:教育

     「ゆとりはこれだから」と言う言葉をよく耳にする。これは今の20代を批判する言葉である。私もゆとり世代の一員である。直接言われたことがある訳ではないのだが、若い世代は的な人格批判はされたことがある。

     昔から「最近の若者は」という言葉で成人したばかりだったり就職したばかりの人を批判することはよくあっただろう。しかし、私は大人たちの若者批判が気に入らない!!元はと言えば、子供を教育するのは大人である。その大人たちが育ててきたはずなのである。それなのに自分たちのことは棚に上げていまどきを批判するのである。大変に理不尽だ。

     ゆとり教育は国の指導によって行われた政策である。国が推進したということは国会で決められたということで、国会議員が決めたということである。国会議員が決めたということは選挙で国民が決めた国会議員が決めたということだ。要するに、選挙で国会議員を決めた当時の有権者たちに責任があるということだ。と、言うことは、ゆとり教育が決まったときに選挙権を持っていた大人たちに責任があるはずなのである。当時の子供たちには選挙権があるわけないし、国のこれからを決める力があるわけがない。ということは、大人たちが勝手に決めた教育政策のせいで、ゆとり教育を受けてきた世代は批判されているということになる。これってものすごい不条理じゃないか。

     ふと思ったことがある。同じ子供を批判する言葉でも、「親の顔がみてみたい」という言葉がある。これも大変侮辱的で腹が立つ言葉であるが、道理はわかる気がする。子供に対して、直接接している親に対して責任を問いているからだ。だが、同じ侮辱的な言葉でも「ゆとりはこれだから」は全く違う。上にも書いたように、国の責任を背負わされているからだ。ゆとりからすれば、「てめえらが推進したんだろうが」といったところである。ゆとり教育の被害者とも言える。

     さて、ではなぜ大人たちは若者を批判するのか。それは正直、私にはわからない。だが、選挙に対する責任感の無さは言えるかもしれない。国会議員を選ぶ際の責任感が足りない、現代もそうだが・・・。国会議員を自分たちの地域の代表、自分たちの代表者、として選ぶというより、お上様として、自分たちとは関係ないとして選んでいるという政治に関する関心の欠如が言えると思う。

     また、人間は利己的で排他的な生き物であるので、自分と全く違う、生き方の違う人間を受け入れられない、理解できないという点が大きい。特に年を取ってくると、経験から考え方が固執しがちである。だから、今までの経験を教えてあげたいと思うかもいれないが、成人すればそれなりの大人になりいつまでも若者は子供ではない。だから、ある程度の自由が欲しいし、言われなくてもわかることもあるし、自我があるのである。いつまでも子供扱いされるのには耐えられない。

     時代が変われば人も変わるのだからある程度の受け入れ態勢は持っていてほしいものである。簡単に最近の若い人はと言うのではなく理解してもらいたいものだ・・・。

     

    スポンサーサイト

    • 2018.04.10 Tuesday
    • 02:11
    • 0
      • -
      • -
      • -
      コメント
      コメントする








          

      PR

      calendar

      S M T W T F S
            1
      2345678
      9101112131415
      16171819202122
      23242526272829
      30      
      << September 2018 >>

      selected entries

      categories

      archives

      links

      profile

      search this site.

      others

      mobile

      qrcode

      powered

      無料ブログ作成サービス JUGEM